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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1171号 判決

控訴人 東芝オーデイオ工業株式会社

被控訴人 国

訴訟代理人 斎藤健 平田昭典 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負損とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(主張)

一  控訴人

1  田谷とニートとの間の本件取引にあつては、田谷よりニートに対する納入価格は、被控訴人の主張する如く製造原価にマージン、物品税分を加算した額と約定されていたものではない。物品税分は田谷の負担との条件のもとに納入価格決定の要因からは除外され、納入価格は専らニートの販売価格から逆算されたものであつた。詳言すれば、ニートの販売価格自体を同業他社との競争に堪えうるようできるだけ低く抑える必要があつたため、田谷よりニートへの納入価格も自ずから低く決定されたものであつて、かくの如くして決定された納入価格は、製造原価を割らないまでも物品税分を賄いうるものでなかつた。したがつて、田谷がニートから納入代金として受領した金員(前渡金)の中から物品税を自己の名において納めていたからといつて、その分は田谷の持ち出し計算になるものである。よつて右物品税が、田谷が納税義務者でないことのために還付されたからといつて、田谷に何等の利得も存しない。

2  仮に、田谷がニートから物品税分相当額の金員を前渡金名義で受領していたとするならば、その目的は、本来ニートが法律に従つて当然行うべき物品税納付の義務を逋脱するため田谷をして物品税納付義務者たることを装わせ、これにその名に於て物品税を納入させることを目的としてなされたものとなる。そうすれば、ニートの田谷に対する右物品税相当額の給付は、物品税逋脱という犯罪行為を行うためになされたこととなるので、ニートとしては民法第七〇八条本文により既に給付したものの返還を求めえない理である。ニートの田谷に対する不当利得返還請求権が成立しない以上、被控訴人の行つた差押命令はその目的を欠き無効である。

二  被控訴人

1  田谷よりニートに対する納入価格に物品税分が含まれていないとの主張事実は否認する。

2  ニートより田谷に対する物品税相当額の交付が不法原因給付としてその返還を求めないとする主張は争う。

民法第七〇八条は、社会的妥当性を欠く行為を為し、その実現を望む者に助力を拒まんとする私法の理想の要請を達せんとする民法第九〇条と並び、社会的妥当性を欠く行為の結果の復旧を望む者に助力を拒まんとする私法の理想の要請を達せんとする規定である。社会的妥当性を欠く行為の実現を阻止しようとする場合は、その適用の結果も大体右妥当性に合致するであろうけれども、既に給付された物の返還請求を拒否する場合は、その適用の結果は却つて妥当性に反する場合が非常に多いから、その適用については十分の考慮を要する。

ところで本件は、ニートは田谷に対し昭和三五年三月から同三八年二月までの間、物品税の第二種課税物品である蓄音器及びその部品等の製造を委託したのであるが、右課税物品については、ニートが物品税の納税義務者であるところ、ニートが納税義務者となる場合には右物品税の課税標準額はニートから第三者への販売価格であるのに対し、田谷が納税義務者となる場合には課税標準額は田谷からニートへの納入価格であつて、物品税額は前者よりも後者のほうが低額となるところから、その物品税の差額の支払を免がれるため田谷と合意の上、ニートは税務申告をなさず田谷をして物品税の納税義務者と仮装させ、田谷からニートへの納入価格を課税標準として申告させ、右物品税相当額を右課税物品の価格に上乗せして支払つていた。ところが、右仮装が発覚し、所轄の下谷及び厚木税務署はニ一トに対し物品税の賦課決定をすると共に田谷が納付した物品税につき減額更正をし、田谷は合計二、七八七万一、九九四円の還付請求権を取得し不当利得を得たものである。すなわち、本件においてはニートが田谷に逋脱物品税相当額を支払つた目的が不法の目的であつたことは否めないとしても、不当利得が発生したのはニート及び田谷共謀の両者の不正利得追及行為が発覚した結果であり、右不当利得の田谷からニートへの返還を認めないことになれば、田谷は自ら不正行為に加担しながら右不正行為の発覚により不当利得が発生してそれを亨有することとなり、一方ニートにおいては右不当利得の返還が認められなければ納税義務を履行しえないというまことに不合理な結果を招くこととなる。したがつて、本件のごとき場合にはもともと社会的妥当性を欠く行為の結果の復旧を望む者に助力を拒まんとする民法第七〇八条を適用することは、かえつて法の趣旨に反するものであり、控訴人の主張は理由がない。しかも本件の金員は、納税しないために交付されたものではなく、少なくとも田谷からの納税資金として交付されたものである点で、一般にいわゆる不法原因給付の金員とは性格を異にするものである点を注目すべきである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

当裁判所も被控訴人の請求は正当として認容すべきものと判断するものであつてその理由は左に付加するほか原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。原判決認定事実に反する当審証人生井芳夫、同小林良之助、同小林通伸の各証言は採用しない。

一  田谷からニートに対する納入価格には物品税分は含まれていないとの主張について

原判決認定の如く、ニートと田谷は共謀のうえ田谷を納税義務者にして物品税を納付させたものであるから、田谷からニートへの納入価格には右納付にかかる物品税分が含まれていると解するのが相当である。納入価格が製造原価をこえないからといつてそのために右納入価格に物品税分が含まれてないとすることは本末を転倒するものである。この場合には製造原価を割つて納入価格が決められたことになるにすぎない。控訴人は納入価格の製造原価をこえないことについて種々主張、立証するが、これらについて判断を加えるまでもなく、本主張は採用し難い。

二  ニートから田谷に対する物品税分相当額の金員の給付が不法原因給付であるとの主張について

この点についての当裁判所の判断は被控訴人の主張に全面的に左袒する。

偽りその他不正の行為により物品税を免れることは物品税法上処罰の対象とされているが、右税を免れるため第三者を納税義務者に仕立て、その者に物品税に充てるための資金を給付した行為のすべてが当然に不法原因給付となるものではない。本件にあつては、原判決認定の事実に照らし、ニートに右資金の返還請求権を否定するときは、田谷がニートとの通謀により自己が納税義務者でないことを知りながらニートから物品税分として受領した金員を正当の理由なく保持させる結果となり、また、税徴収のための対象となるニートの財産の減少を招いてかえつて前記税法上の処罰規定の趣旨に沿わないことになる。よつて前記給付をもつて不法原因給付として控訴人において被控訴人の請求を拒みうるとすることは相当でない。

そうすれば、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本元夫 鰍沢健三 輪湖公寛)

【参考】第一審判決

(東京地裁昭和四八年(ワ)第二三一八号昭和五一年四月二七日判決)

主文

一 被告は原告に対し、金二、七八七万一、九二六円およびこれに対する昭和四〇年五月八日から支払いずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

三 この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事  実 〈省略〉

理由

一1 〈証拠省略〉によれば、原告の主張1の事実が認められる。

なお、〈証拠省略〉の滞納税額証明書中には、ニート音響の昭和四〇年四月二八日当時の滞納税額の総計が、金二億六、〇九八万八、八一一円である旨の記載があるが、これは滞納処分費金一、六三〇円を合算した金額であり、右滞納処分費を除くと、ニート音響の滞納税額、すなわち原告のニート音響に対する租税債権の額は、原告主張のとおり、当時合計金二億六、〇九八万七、一八一円であつたと認められる。

2 原告が、右租税債権にもとづく国税滞納処分として、ニート音響が田谷精機に対し金二、七八七万一、九二六円の不当利得返還請求権を有するとしてこれを差押えたこと、およびその履行期限を昭和四〇年五月七日と定めた債権差押通知書が、同月一日、田谷精機に送達された事実は、当事者間に争いがない。

3 田谷精機が、昭和四二年六月一日、商号を東芝音響株式会社と変更し、その後、被告に吸収合併された事実は、当事者間に争いがない。

してみれば、右吸収合併の時期について当事者の主張は一致しないが、田谷精機が有していた一切の債権・債務が被告に承継されたことは明らかである。

二 そこで、ニート音響が、原告主張のごとく、田谷精機に対し不当利得返還請求権を取得したか否かについて検討する。

1 ニート音響が、昭和三五年三月一日から三八年二月末日までの間、田谷精機に対し、本件課税物品の製造に必要な資金を供給し、本件課税物品にニート音響の商標のみを表示すべきことを指示して、田谷精機に本件課税物品の製造を委託し、ニート音響へ納入させていたこと、したがつて、ニート音響が、旧物品税法第六条第三項所定の看做製造者に該当し、本件課税物品に対する物品税の申告および納付をなすべき義務を負担していたにもかかわらず、田谷精機が自らが製造者であるとして、所轄の下谷、厚木両税務署長に対し、本件課税物品に対する物品税の申告および納付をしていたことは、当事者間に争いがない。

2 原告は、ニート音響と田谷精機が通謀のうえ田谷精機において前記のように物品税の申告・納税をしていたと主張する。これに対し、被告は、通謀の事実を否認し、田谷精機が自らが製造者として納税義務を負うものと誤信して前記の申告・納税をしたと主張するので、その点につき考察する。

〈証拠省略〉を総合すれば次の事実が認められる。

田谷精機は、音響機器の製造販売を業とする会社であるが(この事実は当事者間に争いがない)、本件で争いとなつている昭和三五年三月以前から、ニート音響に対し本件課税物品を販売納入していたところ、右納入に際しては、ニート音響の営業担当者と田谷精機の営業担当者が協議のうえ、本件課税物品の生産計画を取決め、その生産計画にもとずき田谷精機が本件課税物品を製造し、ニート音響へ納入していた。そして、右取引においては、ニート音響が、本件課税物品の製造のための資金を前渡金として前もつて田谷精機に交付し、田谷精機は、右前渡金を製造資金として、本件課税物品を製造しており、また、ニート音響は田谷精機に対し、本件課税物品にニート音響の商標のみを表示すべきことを指示して、本件課税物品を製造納入させていた。そして、本件課税物品に対する物品税は、田谷精機が、本件課税物品の製造者であるとして、所轄の税務署に申告・納付していた。

ところが、昭和三四年の物品税法の改正(旧物品税法第六条第三項、この部分については昭和三五年二月一日より施行)により、ニート音響が自己のみの商標を表示すべきことを指示して本件課税物品の製造を田谷精機に委託した場合にはニート音響が看做敬製造者として物品税を納付しなければならないことになつた。このため、従来、田谷精機をして物品税を納付させていた場合には物品税額は田谷精機からニート音響への本件課税物品の納入価格にもとづいて定まるのに対し、ニート音響が納付する場合には物品税額はニート音響から第三者への販売価格にもとづいて定められることになり、前者よりも後者のほうが高額となることから、訴外山本孝三(昭和二三年から昭和三七年一二月三一日までニート音響の代表取締役、その後、昭和三八年二月二五日まで同会社の取締役の地位にあつた。)、訴外小林良之助(昭和二三年から昭和三四年一〇月三一日までニート音響の取締役、同日以降は同会社の代表取締役の地位にあつた。)および訴外小林通伸(昭和二〇年から昭和三七年八月一八日まで田谷精機の取締役の地位にあり、同会社の経理面を担当していた。)は合意のうえ、従来どおり田谷精機をして物品税を納付させることによつてニート音響が物品税を納付する場合との前記差額を免れるため、所轄の税務署に対し、田谷精機をして、昭和三五年二月一日以降同年一〇月三一日までは本件課税物品の見易い部分にニート音響と田谷精機の双方の商標を貼付する(併記プレート)旨申告させた。さらに、昭和三五年一〇月、物品税法の改正により、併記プレートの場合でもニート音響から第三者への販売価格にもとづいて物品税が賦課されることになると、訴外山本孝三、同小林良之助および小林通伸は合意のうえ、田谷精機の担当者をして、昭和三五年一一月一日以降は、ニート音響の商標はニート音響の倉庫において、ニート音響の従業員が貼付している旨、所轄の税務署に対し申告させた。しかし、実際には、併記プレートといつても田谷精機の商標は本件課税物品の見えにくい部分に貼付され、また昭和三五年一一月一日以降はニートの商標の貼付は田谷精機の工業においてなされていた。

なお、右の昭和三四年の物品税法の改正以前から、ニート音響が田谷精機に対し本件課税物品の製造資金を交付して製造を委託していたことによりニート音響が本件課税物品に対する物品税の納付義務を負うものであつたことは、訴外山本孝三、同小林良之助および同小林通伸は知悉していた。しかるに、山本らは、前記のごとく、ニート音響が物品税を申告・納付した場合との前記差額の支払いを免れるため、田谷精機をして本件課税物品に対する物品税の申告・納付をさせていた。

以上の事実が認められる。

以上の事実および前記1の当事者間に争いのない事実からすると、昭和三五年三月一日から昭和三八年二月末日までの間、田谷精機が、本件課税物品に対する物品税の納税義務者であるとして、物品税を申告・納付したのは、田谷精機が自己が納税義務者であると誤信したことにもとづくものではなく、ニート音響が田谷精機と通謀のうえ、ニート音響が物品税を納付した場合との前記差額の支払いを免れるため、田谷精機をして物品税の納税義務者であると仮装したことにもとづくことが明らかである。

3〈証拠省略〉によると、田谷精機がニート音響に対し、昭和三五年三月一日から昭和三八年二月末日までの間、別紙(一)の一覧表記載のとおり、本件課税物品合計一万六、七一三台を同一覧表記載のとおりの納入価格で納入した事実が認められる。

なお、右の合計台数の算出は、前掲甲第四号証の一ないし一四の各二(田谷精機の下谷税務署長に対する課税標準価格算出根基明細申告書-以下「課税標準申告書」と称する。)、甲第五号証の一ないし二二の各二(田谷精機の厚木税務署長に対する課税標準申告書)、および証人川崎重光の証言により右の各課税標準申告書の謄本にもとづき東京国税局の職員であつた訴外川崎重光が作成したと認められる甲第七号証の一、二の各別紙にもとづくところ、右各課税標準申告書中には、ニート音響以外の会社に納入された製品も記載されており、また、厚木税務署長に対し、田谷精機が申告した昭和三七年四月ないし六月、および昭和三八年二月分については、課税標準申告書が証拠として提出されていない。しかし、〈証拠省略〉によれば、ニート音響への納入分は、製品の機種により他社への納入分と区別できること、昭和三七年四月ないし六月および昭和三八年二月分の課税標準申告書は証拠として提出されていないが、右申告書の謄本にもとづいて訴外川崎重光によつて作成された甲第七号証の二の別表があることからすると、本件課税物品が田谷精機からニート音響へ前記一覧表のとおり納入されたことは明らかである。

また、被告は、本件課税物品の納入単価につき、同一の月で同一の機種の納入単価が異なること、一台あたりの納入単価に計算上端数が出ることから見て、同一覧表記載の全部の製品がニート音響へ納入されたものではない旨主張している。しかし〈証拠省略〉によれば、昭和三五年八月当時、同一の機種が同一の月に異なつた納入単価でいずれもニート音響へ納入された事実が認められる。とすれば、一台あたりの納入単価についても計算上端数が出る可能性があるものであり、前記認定に対比すると、被告の右主張は採用できない。

4 〈証拠省略〉によると、次の事実が認められる。

田谷精機が昭和三五年三月一日から昭和三八年二月末日までの間にニート音響へ納入した本件課税物品に対する物品税の申告を所轄の税務署長(昭和三五年三月から昭和三六年四月までの入谷工場製造分については下谷税務署長、昭和三五年六月から昭和三八年二月までの相模台工場製造分については厚木税務署長)に対しなすに際しては、田谷精機の納品書をもとにして作成した課税物品受払帳あるいは課税物品台帳にもとづいて、田谷精機の税務担当の従業員が前記課税標準申告書(甲第四号証の一ないし一四の各二、甲第五号証の一ないし二二の各二)を作成していた。

そして、右課税標準申告書を作成するにあたつては、ニート音響への実際の納入価格を、各機種毎または各取引毎に実際販売価格もしくは税込課税価格(課税標準申告書の様式により名称が異なるが同義である。なお実際の納入単価については基準価格と記載している課税標準報告書があるが、実際販売価格もしくは税込課税価格とは各機種毎または各取引毎の納入単価の総和である。)として記載し、右実際販売価格もしくは税込課税価格が、税抜価格(課税標準額)に三割(昭和三七年四月一日以降は二割)の物品税額が加算されたものであるとして税抜価格を逆算し、これを右課税標準申告書に記載し、田谷精機は右申告書から明らかとなる物品税額(すなわち月毎の実際販売価格もしくは税込課税価格の総和から月毎の税抜価格の総和を控除したものが月毎の物品税額となる。)を申告・納付していた。すなわち、田谷精機はニート音響への本件課税物品の納入価格の一部が物品税分である旨申告し、これを納付していたものである。そして、昭和三五年三月一日から昭和三八年二月末日までの間に、田谷精機が、右のようにして下谷、厚木両税務署に申告・納付した物品税額は別紙(一)の一覧表記載のとおり、下谷税務署分として金一、一五六万七、二一二円、厚木税務署分として、金一、六三〇万四、七六〇円、合計金二、七八七万一、九七二円に達した。

以上の事実が認められる。

なお、厚木税務署分の昭和三七年四月ないし六月および昭和三八年二月分の課税標準申告書は証拠として提出されていないが、右申告書の謄本にもとづいて訴外川崎重光によつて作成された甲第七号証からすると右の事実は明らかである。

また、〈証拠省略〉によると、ニート音響は、田谷精機から納入された本件課税物品の買掛金(納入代金)については、月毎に集計して、毎月本件課税物品の製造資金としてニート音響が田谷精機に対し交付していた前渡金と月毎に相殺して決済していたが、昭和三八年三月現在において右前渡金の残高は金一、四〇一万八、〇〇〇円となつていたことが認められる。してみれば、昭和三五年三月一日から昭和三八年二月末日までの間のニート音響の田谷精機に対する買掛金は全額決済されていたものと認められる。

5 前記の2ないし4で認定した事実によれば、田谷精機が、昭和三五年三月一日から昭和三八年二月末日までの間に、ニート音響から製造を委託された本件課税物品合計一万六、七三一台に対する物品税の申告および納付を行うについては、田谷精機とニート音響の間に、本来はニート音響が看做製造者としての物品税の申告および納付をなすべきであるにもかかわらず、田谷精機をして納税義務者であると仮装させ、同会社が物品税の申告および納付をなす旨の合意が成立しており、ニート音響は右合意にもとづいて、田谷精機に対し、同会社が納付する物品税相当額として合計金二、七八七万一、九七二円を交付していたものと認めるのが相当である。

被告は、ニート音響が田谷精機に対し前渡金を交付し、田谷精機が右前渡金を物品税分として充当した点につき、時期と具体的な金額を明確にしないかぎり、田谷精機が前渡金名義でニート音響から物品税相当額を受領したとはいえないと主張する。しかし、前記のごとき田谷精機とニート音響間の物品税納付に関する合意の存在、および田谷精機が物品税の申告・納付をなすにあたつてニート音響への実際の納入価格の一部が物品税分である旨申告していたことからすると、田谷精機からニート音響への実際の納入価格中には、田谷精機が申告・納付する物品税相当額分が含まれていたと認めるのが相当である。そして、前記一覧表記載のとおり田谷精機からニート音響へ本件課税物品が納入され、その納入代金がすべて決済されていることからすると、結局右のごとく認めるのが相当であるから、被告の前記主張は採用し難い。

なお、被告は、田谷精機からニート音響への納入価格は物品税分の含まれる余地のない低額であり、田谷精機が納付した物品税分は田谷精機の持出しであつた旨主張し、証人生井芳夫の証言中には被告の右主張と符合する供述部分がある。さらに、被告は、田谷精機からニート音響への納入価格が原価を割つていたことを立証する証拠として乙第一号証(田谷精機の自販品原価内訳表)を提出し、田谷精機がニート音響以外の会社に売却した本件課税物品と同一機種の商品の納入価格が、ニート音響への納入価格より高額であつたことを立証する証拠として同第二号証(売掛金伝票)を提出している。しかしながら、右乙第一号証の作成日付は昭和三九年四月二四日であり、また、同第二号証の作成日付は昭和四一年三月一七日であり、右各書面はいずれも本件で問題となつている時期(昭和三五年三月一日から昭和三八年二月末日まで)以降に作成されたものであるところ、右時期以降に鉱工業製品の原材料が値上りをしなかつたことなどの特別事情を認めるに足りる証拠がないから、右各書面を基礎資料としてニート音響への納入価格について前記のような比較検討を加えることは相当でない。

そして、(イ)前記認定のごとく、田谷精機とニート音響は、製造資金の前渡をし、しかも本件課税物品の製造については予め生産計画を定めるなどの密接な関係にあったこと、(ロ)前掲甲第一〇号証(ニート音響の税務担当者であつた上野信夫に対する質問てん末書)によれば、納入価格を決めるにあたつては、田谷精機側で同会社が負担する物品税相当額をも含めた希望価格を算出し、これを提示してニート音響と協議のうえ決めていたのであるが、納入価格は概ね田谷精機の希望価格より低く決まつていた事実が認められること、(ハ)〈証拠省略〉によれば、田谷精機の経理担当取締役であつた前記訴外小林通伸は田谷精機からニート音響への納入価格中には田谷精機の納付する物品税分が含まれていると考えていた事実が認められること、(ニ)前記の4で認定した経緯で課税標準申告書が作成され、右申告書にもとずき田谷精機が物品税を申告・納付していたこと、(ホ)前記のごとくニート音響と田谷精機間には、田谷精機をして物品税を納付させることにつき合意があつたこと、(ヘ)ニート音響は田谷精機が製造した商品の販売会社であり、右両会社はいわば共存共栄の関係にあつたのであるから、田谷精機からニート音響への商品納入価格が原価を割るような商取引は、経験則に照らし、不自然・不合理なものと考えられること、以上の諸点を考慮すると、証人生井芳夫の前記供述部分はにわかに措信できず、田谷精機からニート音響への納入価格が商取引の常識からして物品税相当分を含むにしてはやや低額であるとしても、その一事をもつて物品税分はすべて田谷精機の持出しであつたとする報告の主張は採用し難い。

6 原告の主張2(五)の事実のうち、田谷精機が、下谷、厚木両税務署分として合計金二、七八七万一、九九四円の還付請求権を取得し、右還付請求権を、訴外東京芝浦電気株式会社に譲渡し、同会社が右還付請求権にもとづき還付をうけた事実については、当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

本件課税物品についての物品税は、前記1のとおり、ニート音響が看做製造者として申告・納付すべきものであるので、下谷および厚木両税務署長は、昭和四〇年二月九日、ニート音響に対し、本件課税物品につき、それぞれ物品税の賦課決定をした。そして、下谷税務署長は昭和四〇年四月二日、厚木税務署長は同年四月一〇日、それぞれ田谷精機の納付した前記物品税につき減額更正をしたため、田谷精機は、下谷税務署分として金一、一五六万七、二八〇円、厚木税務署分として金一、六三〇万四、七一四円、合計金二、七八七万一、九九四円の還付請求権を取得した。

7 以上認定した事実および当事者間に争いのない事実によると、前記ニート音響と田谷精機間でなされた、本件課税物品に対する物品税を田谷精機が製造者であるとして申告・納付する旨の合意は、右の合意にかかわらず、下谷、厚木両税務署長がニート音響を看做製造者と認定して物品税を賦課し、一方田谷精機が従前納付した物品税については減額更正がなされ、田谷精機において右物品税を納付すべき必要が失われたことにより、その目的の達成が不可能となつたものと解するのが相当である、そして、右の目的のために田谷精機がニート音響から交付を受けた金二、七八七万一、九七二円は、ニート音響の損失にもとづき田谷精機が法律上の原因なくして取得した利得であると認めるのが相当である。右の事実によれば、ニート音響は、田谷精機に対し、金二、七八七万一、九七二円の不当利得返還請求権を取得したことが明らかである。

三 以上のとおりであつて、右金額の範囲内である金二、七八七万一、九二六円とこれに対する昭和四〇年五月八日から完済まで年五分の割合による利息の支払いを求める原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗山忍 飯田敏彦 西岡清一郎)

別紙〈省略〉

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